[心の還る場所]


 なぜ、今まで気づかなかったのか。
 彼の存在が、無くてはならないものであった、と。



 『名探偵』という名の束縛を逃れて三年。
 自分は、自由な一人の人間として生きてきた――そう、思っていた。

 それなのに、思い出すのは彼のことばかり。


 どこにいても、何をしていても、ふとした瞬間に彼の名を呼んでいる自分に気付いたのはいつ頃か。
 そのたびに、なんともいえない虚無感に襲われたのは、何故だろうか。

 何故、なのだろうか。





 思ってみれば、自分の周りに人のいないことなどなかった。
 幼い頃には、兄が。学生時代には、少ないながらも友人が。

 そして。あの下宿に移り住んでからは、いつでも彼が。



 本当の孤独とは、一人とは何かと、そんな考えがほんの少し頭を過ぎったその時、気付いたのだ。

 自分が、いかに恵まれた人間であったかを。
 自分が、いかに全てに依存していたのかを。

 そして。孤独を欲するのと同様に温もりを欲していたことを。








 還ろう。

 彼の元へ。








 久しぶりに訪れたロンドンは変わらず、騒がしさとあの独特な香りに包まれていた。
 その中、感覚を取り戻すかのように一つ深呼吸をして。


 そうだ。彼を驚かしてやろう。
 そんな子供のような悪戯を思いつき、一人ほくそえむ。

 彼ならきっと、目を丸くして驚くに違いない。
 そして、驚きながらも抱きしめてくれるに違いない。



 やがて、少し落ち着きを取り戻した後、いつもと変わらぬ笑顔で心からのその言葉を。







 『おかえり、ホームズ』、と。


THE END