[指遊び]
サガが好きな遊びがある。
『指遊び』。子供みたいに楽しそうに、幸せそうに。
「飽きないか?」
自分の指を弄ぶ兄を見て、カノンはそう呟いた。
もう三十分以上になる。その間、双子の兄のサガはカノンの指をじっと見つめたり、ふいにつまんでみたり、自分の指を絡めてみたりと、ただひたすらカノンの指で遊んでいる。
「飽きないか?」
もう一度同じ言葉を繰り返すと、ようやく気付いたのか、サガは「うむ」と一言返して、またカノンの指を弄び始めた。
触れられるのは嬉しいし、指を弄ばれるのは気持ちがいい。それでも、ひたすら同じ行為を繰り返されると、さすがにカノンはじっとしているのに飽きてくる。
サガはこの時間を楽しんでいるのかもしれないが、カノンにとっては退屈以外の何者でもないのだ。
「なあ、サガ」
「何だ?」
今度はすぐに気付いたのか、それでも視線はカノンの指に向けられたままサガが返す。それに少しばかり機嫌を損ねて、カノンは兄の指から自分の指をするり、と抜いた。
「俺は飽きた」
それだけ言うと、隣りに座った兄に体を預ける。それが合図だったかのように、サガの長い左腕がカノンの肩へと回される。
いつもの、二人の定位置だ。
「私はまったく飽きていないのだがな」
その一言が、彼がいかに自己中心的なのかを物語っている。もちろん、それはカノンの前だけで見せる『本当のサガ』なのだが。
それでも、いつもサガのわがままに構ってやるほどカノンも優しくない。再びカノンの手に触れようとしたサガの右手も、寸でのところでさっとかわされてしまった。
「なんだ。もう終いか?」
さも残念そうにサガが言う。言いながらも何度も何度も右手を伸ばす。そしてそれをカノンがかわす、という行為の繰り返し。
双児宮の日常では、こんな無意味としか思えない時間が数時間続くことがある。サガもカノンも、ひたすら同じ行為を繰り返し、どちらかが用事ができて部屋を出るか、疲れて眠るまで続けられる。ひどい時には午後いっぱい続けられ、二人の腹が夕食の時間を告げるまで繰り返されることさえある。
だから、サガにとっては指遊びもその一環だったのだが、カノンにとってはそうではなかったのだ。
むしろ、今こうして手だけの追いかけっこをしている方が楽しいらしく、小さな笑い声を漏らしながら、サガの指から逃れて、手を頭上にやったり、ソファの後ろに隠したりとして、そのたびにサガの表情を伺う。
「そんなに楽しいか?」
何だかんだと言いながらも、またこの状況を楽しんでいるらしいサガが、カノンに視線を合わせると、隙を見せないように用心しながらも、カノンは短く肯定の返事をした。
「まったく、お前は追いかけられるのが好きだな。小さい頃から」
「そういうお前だって」
意見を述べたサガに対して、カノンはさっと自分の手を太ももの下へと隠すと、何かを探るような視線を向けた。
「何かと捕まえて束縛するのが好きなくせに」
その言葉にサガは笑い声を上げた。否定の意味ではない。あまりにも自分の核心を突かれたのがおかしかったからだ。
「さすがお前は違うな」
昔から、何かと勘の鋭い弟だとは思っていた。実際、サガが精神を病んだ時に真っ先に気付いたのも彼だった。
「そんなこと、他の者から聞いたことなどないし、これからも言われることはないだろうな」
「それはお前が猫をかぶってるからだろう?」
「猫かぶりだと?」
サガはふいに笑うのを止める。
「人聞きの悪いことを言うな。私はただ周りとの調和を重要視するあまり、少しばかり自我を抑えているだけなんだがな」
「それを世間一般では猫かぶりって言うんだよ」
「ほう。この聖域で一番の世間知らずだと思っていたお前にそう言われるとは」
言いながら、サガはカノンの太ももの下へと手を差し入れる。カノンは会話に夢中になりすぎて、自分が何をしていたのかさえ、すっかり忘れていたのだ。
そのため、せっかく逃げ切れていたカノンの右手は、再びサガの右手に囚われることになった。
「ほら、捕まえた」
得意満面でそう言ったサガとは反対にカノンは悔しそうな顔をした。
物事を常に両面から捉えるサガと違って、カノンは一つのことに集中すると、周りが完全に見えなくなるタイプだ。
「また私の勝ちだな」
サガはそう言うと、右手に捕らえた戦利品に口付けを落とす。まるで自分のものだと言わんばかりに。
むくれたままだったカノンも、それを真似て、自分の右手を引き寄せると、絡められたサガの指へと口付けを落とす。
「なあ、何で」
唇を押し付けたままカノンは上目遣いでサガを見る。
「俺の指が好きなんだ?」
その問いかけにサガは、「そんなことか」と言った顔をすると、次はカノンの額へと唇を押し付けて。
「私のものではないからだ」
そうぽつりと呟いた。
「お前の指に触れられるということは、ここにお前がいることを確認できるということだ。
自分の指で遊んでいたところで、それは私が存在しているという証明にしかならんが、こうして触れ合えているとわかれば、ここに私の半身であるお前が存在しているという証明になる」
一息に言い切ると、サガは先ほどと同じようにカノンの指に口付ける。
絡められた二人の指を挟み、互いに口付けた形でそっくりな二つの顔が見つめ合う。
「違うか?」
「いいや、違わない」
囁くように交わされた会話を最後に、サガは再び、カノンの指を弄ぶ。
今度はカノンも何も言わなかった。ただ、何もしないわけではなかった。今度は、まるで後を追うように、サガがした動作をそっくりそのまま繰り返す。
しばらくは自分の行為に没頭していたサガもそれに気付いたのか、いつしかカノンが行動を起こすのを待つようになり、カノンがサガと同じ動作を終えたのを確認してから次の動作を起こすようになった。
二人でひたすら同じ行動を繰り返す。
それは端から見れば無意味にか思えない時間の流れだったが、二人にとってはこの上なく意味のあるものであり、また重要なものであり。
太陽が水平線にその姿を消すまで続けられたのだった。
THE END