[黒き影]


 サガはたまにぼんやりとする。
 まるでコーラの炭酸が抜けたように、普段のきびきびとした姿からは想像もできないほどに。

 再会してから、再生してからずっとずっと。



「サガ、どうかしたのか?」

 どこか焦点の合わないサガの目を見ながらふいにそう尋ねると、サガはおかしいくらい驚いて俺の顔を見た。

「別にどうもしない」

 そう笑って言っても目はどこか別の世界を見ているようで。

「なんだ、夕飯のことでも考えているのか」

 そう言ってから、俺は自分を恥じた。
 サガに限ってそんなことであんな表情をするはずではない、と。

 なぜだろうか、双子だからだろうか。
 俺はサガの大部分を知っている気にさえなってくる。

「カノン」

 ふいにサガが呟いた。

「カノン」
「なんだよ」
「カノン」

 答えても呼びかけられて、少しいらつく。
 それでもサガは呼びかけることを止めずに。

「なんだよ!」
「寂しいか?」

 俺のいらついた声と、サガの声が出たのは同時だった。

 少し、沈黙を置いてから聞き返す。

「寂しいか、だって?」
「そうだ。お前は寂しいと思うか?」
「今か?」
「そうだ。今、この時に」

 今、と言われて考え込む。
 昔は、寂しかった。誰にも気付いてもらえず、誰からも存在すら知られず。

「どうだ、カノン」
「今は……。寂しくはないな」

 そうだ。俺にはサガがいる。
 聖域の中にも、友と呼べる人間が何人もいる。

 考え込んで出した答えに、サガはまるで見向きもしないように。

「私は、たまに寂しくなる」

 今度は俺が驚く番だった。

 寂しいだって?
 何不自由なく、昔のように仲間に囲まれて。

 その生活をサガは寂しいというのだろうか。

「私は、たまにたまらなく寂しくなるんだ」
「たまに、自分だけがここにいることが」
「あいつを連れてきてやれなかったことが」

 サガは俺にはお構いなしにしゃべり続ける。
 なんとはなしに意味はわかるが、俺には理解できない。

 俺は「彼」に会ったことがないし、何よりサガは「彼」を心の奥から嫌っていたというではないか。

 それなのに。「寂しい」などと。

「あいつは私だったのだ。消えることなどなかったのだ」
「始めにあいつを作り出したのは私だったのに」
「私だけがこうして生きて、あいつはもうどこに消えたのかもわからない」

「そう思うと、妙に寂しくなるだろう?」

 最後の言葉は俺への問いかけ。
 それでも俺は答えることはできなかった。

 その代わりに。

「なんで、そう思う?」

 サガに別の問いかけを返してみる。
 するとサガはぼんやりとしたままで。

「私も、あいつのことを必要としていたからだよ」

 そう言って、今度は寂しそうに少しだけ笑った。

「でもあいつもサガなんだろう?」
「そうだ。あいつは紛れもなく私自身だ」
「ならば」

 ――あいつはまだいるんじゃないのか?――

 サガはその言葉に瞬間眉根を寄せて。

「でもどこにも見当たらない」

 そう言って、またなんともいえない表情を作る。

「だから」

 サガの目の前に人差し指を二本突き出して。

「俺と、共に生まれてきたサガはこれだ」

 指を絡めてみせる。

「俺が海底に行った後の、俺が知らないサガは」
「これだ」

 今度は絡めた指を切り離す。

「そして、今目の前にいるサガは」

 もう一度、指をがんじがらめにして。

「こうなんだ。わかるか?」

 指を離してひらひらすると、サガはしばらく考えたままで。

「なぜ、そう思う」

 呟くように俺に問いかける。
 それに俺は自信満々で。

「皆が言っていたこの十三年間のサガが、どちらも俺の知らないサガだったからだ」

 そこまで言い切ると、サガはようやくこちらを見て。

「お前の方が、私のことをよく知っているのかもしれないな」

 そう言って、ようやく普段の顔を見せた。
 あぁ、これが俺の知っているサガの顔なんだ。

「では、もうあいつと私は分かれることはないかな?」

 ふいにそうサガがふざけた顔で聞いてきたから。

「ないだろうな。一度ぐらいは会ってみたいが」

 そう言うと、軽く俺の額を小突いて。

「お前がいる限りは出てこないだろうな」
「じゃあ、俺がいなくなったら?」
「お前がいなくなったら?」

 サガはふと言葉を切って。

「もう、そんなことはないだろう」

 先ほどまでの顔はどこへやら、心の底から湧き出てきたような笑顔でそう言った。

 俺もサガも、もう寂しさを感じることはないだろう。
 その笑顔を見ながら、頭の隅でぼんやりと考えて。

「そうだな」

 そう一言、サガの言葉を肯定する返事を返した。

 きっと、「彼」もそれを望んでいるはずだから。


THE END