[Die for the sake of...?]


 私は何のために今から死にゆくのか?


 嘆きの壁を砕くため。
 そんなことはわかっている。

 しかしそれだけでは死ねない。


 ……それでは。

 私は何のために死ぬというのか……?








 幼い頃から知っている者たちの姿に出会った。
 皆同じ様に黄金に輝く聖衣をまとって。

 私も近付きつつある、自分の聖衣の気配を感じる。

 それはたった今まで違う人間のもので。そして私に手渡されたのだ。


 やがてそれは私の体を覆い、眩い光を放った。







「サガ、どうしましたか?」

 ムウの声にはっと我に返る。
 皆が心配そうに見守る中、無理に笑顔を作る。

 いつもの悪い癖だ。
 そういえばこれを初めて指摘したのは彼だった。


 双子座のカノン。
 私の愛を拒絶した憎き我が半身。

 そしてこの聖衣を纏うことでその愛を伝えてくれた。



 最愛の人。











「お前さ、何でいっつも笑ってんの?」
「何でって……。どうしたんだい?」
「今日だってさ、雑兵からあんなこと言われたのにへらへら笑って。なんで怒んないんだよ」
「あれほどのこと、怒ることではないだろう」
「ばっかじゃねーの? だいたいアイツ何だよ。『こんなガキが黄金聖闘士で大丈夫か』なんて鼻で笑いやがって」
「そうカッカするものではないよ」
「だからって笑うことでもないだろ」
「でも怒ってしまっては元も子もないだろう? それに皆を困らせるようなことはしたくないんだよ」
「…………」
「わかってくれたかい?」
「お前、変だ」
「え……?」

「そんな気ばっか使って何がいいんだよ。サガ、ここに来てからおかしくなったぞ?」







 幼い頃の思い出がふいに蘇る。

「おかしいか……」

 そう呟いた時、急に弾ける強い小宇宙を感じた。

 そして頭の中に響いた声。



 この声、この小宇宙は。

「カノンだ……」

 ミロがそう呟いた。
 それに皆が反応して。

「ミロ、カノンとは何者だ?」
「え、あの……」

 アフロディーテに聞かれたミロがちらっとこちらを見る。
 言ってしまっていいのかわからないと言った顔で。

 それにうなずいて答えると、二人のやり取りを怪訝そうに見ていたアフロディーテの方を向いて。

「カノンは、サガの双子の弟なんだ……」
「双子の……?」
「弟……?」

 カノンの存在を知らなかった者がざわめきだす。
 その中、私は一人うつむいていた。

 不思議と涙は出なかった。



 ただ言いようのない喪失感があるだけで。



 カノンが、死んだ。

 二人とも戦いの中に身を置く故に、いつかこんな日が来るとわかっていたはずなのに。

 納得する自分と否定する自分が交じって。


 その時。
 肩を軽く叩く手があった。

 振り向くとそこには懐かしい旧友の顔。

「アイオロス」
「なんかな、こんなこと言うのも変かもしれないけど」
「なんだ?」
「その、どうせ後少しでまた会えるだろう?」

 彼の言葉に一瞬言葉を失った。

「また、会えるだろうか?」
「もちろんさ! だって俺たちはここで……」
「あぁ。そうだな。私たちはここで……」

 意味が通じたのか、彼は軽く笑うと、少し寂しげな目をしたまま彼が輪の中へと戻っていく。
 最後に「きっとあいつも待ってるから」と一言言い残して。

 これは彼なりの優しさなのだ。
 それをこの私に、自分を手にかけた私に投げかけてくれるのだ。

 そう思っただけで、いくらかましな気分になった。



 サガの目に僅かながら色が戻る。
 そして上げたその顔は聖闘士の頂点に立つ黄金聖闘士の顔で。

 他の11人もそれに笑顔で頷いて。


「では、始めるか」







 星矢たちを外に出した後、最期の挨拶を交わして
 それぞれの小宇宙をアイオロスの矢へと集中させる。





 そうだ。

 そうだったのだ。



 あぁ、私は。

 私はカノンに会うために死ぬのだ。


 聖闘士としては。
 ましてやその最高峰の黄金聖闘士としては、私は失格かもしれない。




 それでも。


 この戦いだけの人生に於いて、愛のために死ねるのなら。

 唯一人を想って死ねるのなら。






 束の間の命の消えるこの瞬間に言える。


 私の人生は世界中の誰よりも光り輝く、素晴らしいものであった、と。












 『サガ、先に逝って待っている』



 先ほど聞こえた声を胸に今、私も旅立とう。






 だから、もう少し。

 あと少しだけ待っていてくれ。




 愛すべき人よ。


THE END