[MIDNIGHT]


 暗い、部屋。

 隣りの部屋はひっそりとしていて、たまに寝返りをうつような、シーツのすれる音がするだけ。
 おそらく彼は夢の中。


 月明かりが煌々と窓から差し込む。
 何もかもが眠りに落ち、静かに時間だけが流れていく。
 虫の、ささやく声も聞こえない。

 そんな中、一人だけ目を見開いたままで。

 眠れないのは、月のせい。
 余りにも眩しくて、美しくて、目を閉じたくなくなってしまうから。

 そう自分に言い聞かせても、どれほどの時間そう思っても眠れるはずはなく。
 しかし、原因はわからないままで。



 キィッ。

 なるべくそっと引いたつもりが、ドアは小さな悲鳴を上げて真夜中の訪問者を迎え入れる。
 窓辺に程近いベッドへと歩を進めると、彼は相変わらずの寝相のまま、シーツにくるまっている。

 静けさと同調するような、軽い寝息。
 時々、唇からもれる無意識で小さな声。

 平和そのものの顔で眠り続ける彼を見ていると、こんな時間に起きている自分が取り残されたような気分になる。
 故に、その寂しさを彼にぶつけることにした。

「カノン。起きないか、カノン」

 そっと肩を揺さぶっても、自分の声が静寂を裂くだけ。
 まるで自分のことなど考えてもいないかのように眠り続ける彼を見ていると、先ほどまであった寂しさがなぜか、小さな怒りに変わってくるようで。

「カノン。起きろと言ってるだろう」

 少し、語調を荒くして。

「起きろと言ってるのがわからないのか?」

 先ほどとは打って変わって、力まかせに肩をつかんで揺さぶってみる。

 これで眠り続けているのなら地震が起きても眠ってるだろうと、ふと頭の端っこで考えていると、小さなうめき声が上がり、閉じていたまぶたが軽く痙攣を起こして目覚めが近いことを告げる。

 ほんの数秒の間に、痙攣していたまぶたは開かれ、骨ばった指が眠さをぬぐい、半ば夢の中にいるような眼差しが注がれる。

「……サガ?」

 寝ぼけた声で呼ばれて、少し怒りが収まっていくのがわかった。

「何……って今何時……?」

 ベッドの横にあるサイドテーブルの時計を見ると、寝ぼけたままだった顔に次第に不機嫌の色が広がっていく。

「なんだ……。まだ三時じゃねーか……」

 少しこっちをにらむと、先ほどまでの世界に戻ろうとする。
 その行為を、再び肩を掴むことで阻止して。

「眠れんのだ」
「は?」

 唐突に発した言葉に、カノンは一言聞き返して。

「そんなこと知らん」

 そう呟くと背を向けてシーツに包まりなおす。

「カノン」
「何だよ」

 こちらを向かないままぶっきらぼうに返す声は、普段喧嘩をした時の数倍は不愉快なもので。

「眠れんのだ」

 そう、もう一度同じ言葉を口にする。
 その言葉に嫌々こちらを向いたカノンは、眠たさと不機嫌に目を細めながら。

「うるさい」

 そう言ってまたあちらを向こうとする。その態度に不満を感じ、ベッドサイドに腰をかけると迷惑そうな目がこちらを向いた。

「俺は眠いんだ。邪魔するな」
「邪魔などしていない」
「……どこが?」
「どこもかしこも、だ。私は座りたいからここに座っただけだ」
「じゃあ椅子にでも座っとけばいいだろ」
「いや、ここがよかったのだ」

 なぜか引けないような気になって言い返すと、しばらく考え込んだような顔をした後、カノンはそっぽを向いて。

「勝手にしろ」

 それだけ言って後は何を話しかけても答えぬまま。


 ふと気がつけば、先ほどと同じように小さな寝息をたてていた。



 後に残るは、月明かりと静寂、そして相変わらず一人きりの自分。


 それでも、心は。
 まるで、月に照らされたかのように。


THE END