[通り雨]
「あ、雨だ」
ぼうっと外を眺めていたカノンがそう呟く。
それにサガはふいに窓の方に目をやって。
「珍しいな」
そう一言だけ返した。
ゆれる車体。
アテネ市街を抜け出したとたん降り出した雨に、降られ慣れていない通りの人々は慌しく我先にと軒下に滑り込む。
アナウンスが、次の停車場を告げる。降りるバス停はまだまだ先。
会話のない二人の間を気にしないかのようにカノンは窓の外を眺め続けた。
通り雨は降り続く。
乾いた大地に、一時の潤いを与えるために。
「そんなに雨が珍しいか?」
ようやくバス停に降り立ったサガが前を歩くカノンに問いかける。
前を行く姿はぴたりと止まり、自分と同じ顔が振り返る。
「そりゃ珍しいさ」
「なぜだ? 確かに降る降らないで計れば降らない方だが」
「そうじゃない」
自分と同じ金色の髪が風に揺れる。
「別に雨など、昔よくあっただろう」
「昔はな。でも俺にとっては十三年ぶりの雨だ」
「海底には雨は降らないのか?」
「降らないな」
「降ってもよさそうなものだがな」
「まぁ、頭の上は水だからな」
そこまで言ってカノンは天を仰ぎ見る。
「雨、止んだな」
「バスから降りた時から上がっていたぞ」
「そうか。気付かなかった」
カノンはそう言うと軽くのびをして。
「やっぱり空が見えるっていいな」
当たり前のように広がったギリシャの青い空を見て呟いた。
そして、ふとある一点を見つめると、軽く目を細める。
「どうかしたか?」
怪訝な顔をして問いかけたサガに、弟は黙って後ろを指差し。
「ほう、虹か」
カノンの方に向き直ると、無言のまま頷く。
「虹ってきれいだな」
「そうだな」
軽く会話を交わし、サガは再び虹の方を向く。
「こうしてみると、この地上はなんとも美しく素晴らし……」
「まあまあ」
お得意の説法を始めたサガの肩をカノンは軽く叩いて。
「たまには素直に感動してみたら?」
兄は一瞬戸惑いながらもカノンの言った意味を理解して。
「きれいなものだな」
少し照れたように上目遣いで虹を見やる。
後ろで弟が小さく笑い声を立てた。
THE END