[RE:BIRTH]-05-
カノンが出て行った後、サガはぼうっとしたまましばらくそこに立ち尽くしていたが、全てが終わったのを悟るとソファに身を投げ出した。
ショックは確かに大きい。
なんせ、十五年間も想い続けてきた恋だったから。
しかし、すべて終わったのだ。
彼は彼の道を、自分は自分の道を歩んでいかなくてはいけない。
立ち上がってカノンが使っていた部屋に入る。 そこにはクローゼットとベッドだけがぽつんと置いてあった。
静かにそのベッドに横たわる。 この四ヶ月のことがみるみる思い出されて頭の中をよぎっていく。
生き返って初めてカノンの姿を見た時のこと。
十数年ぶりに言葉を交わした時のこと。
二人ででかけることもなかった短い月日とはいえ、そこに浮かぶカノンの姿の一つ一つが宝物だった。言葉を交わすことはほとんどなくても、どこかしら互いに気をかけていた。 彼のほんの些細な行動に喜んだり悲しんだりしている自分がいた。
すべてが眩しくて。すべてが鮮明で。
手を伸ばせば触れられそうなのに触れる事ができなくて。
さっきまで確かにここにいた面影を探して、サガは静かに目を閉じた。
カチャッ。
ドアノブを回す音が聞こえて目を開ける。 次の瞬間、そこに現れた姿を見てサガは我が目を疑った。
きっとこれは夢だ。 目を閉じているうちに眠ってしまったのだ、と。
「サガ」
鮮明に聞こえた声に耳を傾ける。
しかしどうも夢には思えなくて。
「カノン……?」
「ぼうっとしてるからどうしたのかと思った」
「しかしお前――」
いるはずのないその姿を凝視しながら体を起こす。 その隣にカノンは腰をかけると持っていたかばんを床に置いた。
「カノン。何で……?」
「――忘れ物をした」
「忘れ物?」
先ほど部屋に入った時はそんなもの見当たらなかった。
「忘れ物って言ったってお前――」
「サガ」
カノンは少しそこで言葉を切ると少し下を向いて。
「言い忘れたことがあったんだ」
「……私にか?」
絞り出されたその言葉にカノンが静かに頷いた。静かに上げたカノンの顔には何か決意が見えて。やがてその言葉が口から零れ落ちる。
「サガ。お前のことが好きだ」
「え?」
「離れてた十三年間、ずっとサガのことを考えてた」
「……嘘だ」
「嘘言ってどうするんだ」
少し膨れた顔をしてカノンはまた下を向く。 サガは信じられない気持ちでいっぱいで、カノンの肩に触れた。 しかしさっきのような拒絶はない。恐る恐るその肩を抱きしめると、カノンは何も抗わずただその身を預けてきた。
「カノン」
ふいに名を呼ぶとその双碧が開かれる。
それは深い海の色。自分も似たものを持っていても、やはり見惚れてしまう。
「キス、してもいいか?」
「……うん」
そっと目を閉じたカノンの唇を啄ばむと微かに息が漏れ、唇を離した瞬間、唇に何かが触れた。
驚きと喜びでその名前を呼ぶ。それにカノンは珍しく笑顔を見せて。
「カノン」
「何だ?」
「お前さえよければだが、また一緒に住まないか?」
「戻ってきてもいいのか……?」
「当たり前だろう? もしお前が戻って来ないのなら私もここを出て行く」
「馬鹿。そんなこと許されるわけないだろう?」
「そうだろう? だから戻ってきて欲しい」
「……わかった」
カノンが小さく頷いた。
あまりにも幸せで眩暈がして、思わずカノンの体を抱きしめる。それにカノンは照れくさそうに笑ってサガの背中に手を回した。
「もし、戻って来るなと言ったらどうしていた?」
「そんなこと絶対言わないって思ってた」
「そうか」
もう一度見つめ合い、口付けを交わす。深く、深く、想いの全てを込めて。
少しばかり遠回りをした想いは今その形を成して。
これから始まる暮らしに小さな光を投げかけて。
二人の新しい人生はまだ始まったばかり。
THE END