[茜色の空の下]
茜色の空の下。二人で手を繋いで家路を急ぐ。
「大きな太陽だね」
「そうだね」
小高い丘から見下ろせる蒼い海は、今は燃え立つような茜色。それを見つめる二人の顔も同じように茜色に染まっている。
昼間の世界とも夜の世界とも違う、夕暮れの僅かな間。空が茜色に染まり、世界中の全てがまるで沈みゆく太陽を惜しむかのように、その色を反射させる。
サガもカノンも、そんな真っ赤な世界が大好きだった。
その茜色の空の下を二人で手を繋いで家路を急ぐ。徐々に近付いてくる自分たちの家と、そこから漂ってくる母親が作る夕飯の香り。その日の夕飯を歩きながら想像し、二人で当てっこをするのも二人の日常。
毎日のように繰り返されるその時間が永遠に続くのだと思っていたあの頃。
「カノン。手を繋がないか?」
ふいに呟いたサガに、カノンの怪訝な目が向けられる。それはやがて、いかにも馬鹿にしたかのような視線に変わり、それを感じ取ったサガは少しだけむっとしてカノンを睨んだ。
「……返事は」
「やだね」
吐き捨てるようにそう言ったカノンに、彼の感情はさらに逆なでされる。普段から反抗的な弟ではあるが、こんな時にそのような返事をされると余計にいらいらするのだ。元々、そんなに気が長くないサガではあったが、特にカノンと二人でいる時にはそれがさらに短くなる。普段はあれのためだ、これのためだ、と思案を巡らすことで我慢しているのが、まったくなくなってしまうのだ。
それも、彼が唯一無防備に対処できる存在がその弟だ、ということを知ればおかしくもないことなのだが。
「どうしても嫌だ、というのか」
「当たり前だ。第一、二十八にもなる実の兄と何が悲しくて手なんか繋がねばならんのだ」
「ほう? 昨日は同じベッドで眠った仲の兄でもか?」
「―――! それはお前が勝手に――」
「ふむ。ではお前は、私が『勝手に』お前のベッドに入って、『勝手に』抱きかかえて朝まで眠ったと言いたいんだな?」
意味ありげな視線を投げかけると、先ほどの言葉ですでに頬を染めていたカノンはどんどん不機嫌な表情になり。
「うるさい! 俺は先に帰る!」
そう叫ぶとさっさと大またで歩き出した。後ろをゆったりと歩くサガのことなど見向きもしないで――。
もちろん、後ろから聞こえてくる兄の押し殺した笑い声が聞こえたから、というのもある。
カノンからすればその笑い声がどこか自分を馬鹿にしているように聞こえたのだろう。
「まったくいつまでも素直になれん奴だ」
その後姿を見つめてサガがこぼす。すると、そのとたん前を歩いていたカノンがくるりと振り返りざま、足元の石をサガへと向かって蹴飛ばしてきた。
「……危ないではないか」
「うるさい! それぐらい避けられず何が黄金聖闘士だ」
「それは関係ないだろう」
易々と石を避けてそう返すと、カノンが軽く頬を膨らませてそっぽを向く。当たらなかったから機嫌を悪くしたのだろうか。当たったら当たったで、真っ青な顔をして駆け寄ってくるくせに。
これなら自分から体を傾けてでも少しぐらい当たった方がよかっただろうか――。そこまで考えてサガはあまりのおかしさにくすくすと笑い声をもらした。
口を大きく開けるのを必死に押さえつけるのに苦労するほど、彼にとってはおかしいこと。
――まったくいつまでも子供だな。それがまたかわいいのだが。
しかし、さすがに口には出さない。ここでそう言ってしまうと、彼が『頑張って』築いているプライドを傷つけてしまうだろう。それはサガにとっても不本意なことなのだ。
ありがたいことに、少し距離があるためか前方を歩いているカノンには聞こえていない。
――もう少し離れていたら楽に笑えたんだが。
サガは飲み込んだ笑い声を軽いため息に変えて吐き出すと、カノンを追いかけるために少しだけ足を速めた。
弟のぬくもりを感じるはずだった右手を少しぶっきらぼうに振りながら――。
THE END