[『アイオロスの弟』]
俺は、彼を兄に持てたことを誇りに思っていた。
黄金聖闘士射手座のアイオロス。
聖域の中で知らない者はいないその人は弟である俺の自慢であり、黄金聖闘士候補生としての憧れだった。
――いつか、兄のように立派な聖闘士になりたい。
そう思うだけで、辛い訓練でさえも乗り越えることができた。
たまに、訓練に嫌気が差してしまうこともあった。
本当に幼い頃は痛みに耐えられなくて泣いた時もあった。
そんな時、いつも彼は俺の頭に手を置いて言った。
「お前なら素晴らしい聖闘士になれる。このアイオロスの弟なのだから」
その言葉だけで、痛みを忘れてしまうほど嬉しかったのを覚えている。
『アイオロスの弟』。
その言葉は、何よりも俺にとって名誉ある名前だった。
十三年前、聖域を揺るがす大事件が起こった。
それは、兄の謀反。射手座のアイオロスが、降臨したばかりの女神を殺そうとした。教皇の命で山羊座のシュラが討伐に行き、無事任務を遂行したという。
その時俺はわずか七歳。憧れていた兄と同じ黄金聖闘士になって、間もない頃だった。
十三年間、俺は信頼を得ようと必死だった。
「反逆者の弟だから」と迫害を受けるのは当たり前。任務を遂行する際も「いつ裏切るかわからない」と言われ、何か事が起こるたびに俺の名が真っ先に上げられた。
だから、俺は何よりも教皇の命に忠実に、誰よりもまず先に歩み出て、聖域のために動くようになった。
しばらく続いた迫害も時が経つにつれそれほど目立たなくなり、代わりに俺には『聖闘士の鑑』と言う名誉ある二つ名がつけられた。
兄の名に勝った瞬間だった。
もう、俺は『アイオロスの弟』ではない。『反逆者の弟』ではない。
それを実感した夜は、どんなに素晴らしいものだっただろうか!
だからこそ、ほんの数ヶ月前に知った真実は重いものだった。
聖域にいると思っていた女神は遠く離れた日本で成長し、何より女神殺害を計画した兄は、女神を救い出した英雄だったのだ。
始め、日本に赴き知ったその事実は、聖域において繰り広げられた黄金聖闘士と青銅聖闘士の戦いによって、そして多くの同胞と首謀者サガの死をもって証明されたのだった。
戦いの終わったその夜。
半壊した獅子宮から見える星空を見つめ、俺は恥じた。
『アイオロスの弟』から逃げた自分を。
あれほど誇りに思っていた兄への嫌悪の情を。
そして。唯一の肉親を信じることができなかった己の愚かさを。
『アイオロスの弟』。
俺は何よりもこの言葉を誇りに思う。
誇りと思える人が、この世にはもういなくとも。
THE END