[Person Unknown]-03-
自室に帰ってきてからソファに腰かけ考えてみた。今回の喧嘩の原因は何だ。私が怒鳴ったのがいけなかったのか。いや、それを言えば、元々こんなギリギリになってからあんな話を切り出してきたカノンにも非はある。私とてあいつを支配しようなどとは思っていないのだ。もっと早く、ちょっと海底に出かけてくると言えば笑顔で送り出してやったものを、こうして頭の中で準備を整えてから話を切り出したというのにそれをあっさりと断ったからこちらも腹が立ったのだ。そうだ、カノンが悪いのだ。
そうけりはつけてみたものの、どうも釈然としない。もし仮に。仮の話だが、このままカノンが帰ってこず、そのまま誕生日を迎えることになればどうすればいいのだろう。きっとあいつのことだ、私が怒ったからと言ってそのまま何も言わずに海底に行ってしまう可能性もある。もしかしたら気まずいと思って明日は帰ってこないかもしれない。何せあいつは厄介ごとだとわかると逃げ出す性格だからな。どうせ、今私と顔を合わせると余計厄介なことになるとか、そんなことを考えているのだろう。
ちょっと待て。それならばここで待っていたとしてもカノンは帰ってこないのではないだろうか。今度はそんな不安が胸を過ぎる。
そうだ。どうしてそこに気付かなかったのか。カノンが帰ってくるということよりもカノンが帰ってこない、という可能性の方が高い。そうとなれば、どうすればいいのか云々を考える前に、それを前提として明日の予定を考えなければならない――そう考えて明日一日の行動を考えてみた。だが、普段の生活以外の何も浮かばない。いつもの休日通り朝起きて、本を読んで一日を過ごす。それしか思い浮かばなかった自分の無趣味さに口から乾いた笑いが漏れた。
教皇の仮面をかぶって生きていた頃はよかった。休む間もなく聖域の全てのことを把握することに時間を費やし、暇な時間を弄ぶことなどなかった。暇さえあればこれからの自分の行く末を憂い、どうして私はこのような生活を送ることになってしまったのか後悔することもできた。だが、今はそれがない。自分を憂うことも、人生を後悔することもない。――幸福とはこんなにも退屈なものだっただろうか。
いや、これに慣れていてはいけないのだ。私はこれまでずっとカノンと共に生きてくることを幸福としてきたではないか。こうして、二人で誰の目も気にすることなく生きていくことを夢見ていたのではないか。だからこそ、再びこの地上に生きることになり、カノンをこの双児宮に迎え入れた時に喜びを感じたのだろう。どうして、それを退屈の一言で済ませられるというのか。
ならばすることは一つだ。そう決めて立ち上がったところで私は新たな問題にぶつかった。カノンがどこにいるのかわからない。そう気付いた瞬間、みなぎったエネルギーさえしぼんでしまい、再びソファに腰を下ろす羽目になる。
記憶を辿ってみても、カノンが「ここが好きだ」と言った場所の覚えがまったくない。どこを見ても物珍しそうにするだけで、新しい場所に連れていくたびにまるで子供のように辺りをきょろきょろと見渡すだけだ。特に関心を引かれた風もなく、ただこっちの言うことに相槌を打つのみで、自分からどうのこうのと言ったことがほとんどない。
私が気に入った場所があるのと同様に、カノンにも他人には明かしたくない自分だけの場所があるのだろう。もちろん、この私にも教えたくない場所が。それを闇雲に探すのもいいが、ちっとも見当がつかないのでは探すと言ってもどこから探せばいいのすらわからない。この聖域でも一日かけて探せるかどうかというのに、それ以外の場所だとしたら、探すだけで数日がかかってしまう。きっと、そうこうしているうちに先にカノンが帰ってきてしまうだろう。
「もう、やめだ」
そう口に出して言う。そうでもしなければまた「もしかして」と無駄なやる気を起こしてしまうかもしれない。だから自覚するように、ともう一度大声を上げて言ってみた。
高い天井に自分の声が反射する。私以外は聞くことのないこの声を、もしこの場にカノンがいたとしたら何と言うだろうか。「何をやめるんだ」と興味津々な顔で聞いてくるだろうか。それともちらりと視線を移すだけで何も言わず、また自分のしていることに没頭するだろうか。そんなことを考えたら急に虚しくなってきた。
時計の針を見ると、針が重なるまでにあと一時間と少しあった。カノンが帰ってくる気配は少しもない。