[RE:BIRTH]-03-
静かにドアが開く。
カノンが居間に入るとそこに、ソファに突っ伏したままのサガがいた。
彼が居眠りなんて珍しいと思いながらもその横を通り過ぎる。しかし、それが過ぎることはなく、カノンは腕を掴まれソファへと無理やり座らされる。
「サガ……」
「カノン。どこへ行っていた?」
「どこって、アテネだ」
普段、そんなことも聞かない兄に違和感を覚えながらも、軽く受け流すように行き先だけを告げる。
しかしそれを聞いたサガはただ黙ったままで。
沈黙が流れる。しかしそれを破ったのはカノンだった。
「……ここを出ていこうと思っている」
そう静かに告げられたカノンの言葉にサガの顔色が変わる。
「聖域を出て行くのか……?」
「ああ。俺は元々正規の聖闘士ではないし」
「しかしお前の存在はアテナも認められて……」
思わず肩を掴んだサガをカノンは振り払うように続ける。
「それに、お前と一緒にいるのが……。嫌、なんだ」
「嫌……? 私と共に過ごすことが、か?」
少し掠れたサガの声が響いた。呆然とした目のままカノンを見つめる。その視線に耐えられなくなり、カノンは目を反らす。
「なぜ、だ……?」
やっと搾り出されたサガの声は震えていて。先ほどまで力強かったその手も今は、ただカノンの肩に乗っているだけで。
「なぜ、それならそうと初めから言ってくれなかった……」
「俺も初めは大丈夫だと思ったんだ」
「気持ちが変わったということか?」
「ああ。……正直言ってお前の目が怖い」
「私の、目……?」
ふいにサガの瞳が揺らぐ。ほんの一瞬、目の前が真っ暗になった。
「お前の目を見てると、あのことを思い出すんだ……」
「あのこととは――」
忘れはしない。忘れられるわけがない。
二人の道を、絆を裂いてしまったあの夜のこと。
「今のサガはあの頃とおんなじ目をしてる……」
「そんな。そんなことあるわけないだろう?」
「悪いが嘘じゃない。そんな目で見られると、また同じことになるんじゃないかって怖くなる」
そう言ってカノンはサガの手を離す。慌てて引き戻そうとするサガの手を払い、カノンは自室へと足を向かわせる。
背後でサガの嗚咽が聞こえた。その声に胸が締め付けられるのを覚えながら、カノンは静かに自室のドアを閉めた。
もう、引き戻すことは出来ない。
カノンはそう自分に言い聞かせる。
夢を見ていたのだ。
幸せだった過去を引きずって、まだ、まだだと自分に言い聞かせていたのだ。
サガがいまだにカノンのことを想っているのはわかる。
自分がサガのことを想っていることも痛いほどわかっている。
しかしそれを簡単に乗り越えられるほど二人は若くもない。壁も低くはない。
愛する者を怖いと感じてしまう己を呪って、カノンはその夜、静かに泣いた。ただ、ただ静かに。