[RE:BIRTH]-04-
「サガ!」
その日何度目かのシオンの怒号が教皇宮に響く。その原因は全てサガのミスで。
「今日に限ってなぜミスばかり……」
「申し訳ありません」
ほとほと呆れ顔のシオンにただ頭を下げることしか出来ない。
普段ミスなどありえない仕事ぶりのサガが今日に限ってミスをする。中にはかなり重要な書類もあるのだからミスは許されない。
どうしたものかと思案に暮れていたシオンは小さくため息をつくと、頭を抱え込んでしまった。
「もうよい。今日は帰れ」
「は?しかしまだ仕事が……」
「お前がおると余計遅くなる。さっさと帰れ」
「……わかりました」
うなだれて教皇の間を去っていくサガを見送りながら、シオンはまた盛大なため息をついた。
サガが双児宮に帰ってくると、ちょうどカノンがバッグを持って部屋から出てきた。
「もう、行くのか?」
「ああ」
あの日から一週間。アテネ市内にアパートを借りたカノンは聖域内での色んな手続きを終わらせ、今日引っ越すことになっていた。
誰もが反対した。すでに彼はアテナの聖闘士なのだ、と。しかし、カノンはその声に耳もくれず、ただ首を横に振り続けたのだった。
もとから少ない荷物を小さなかばんに押し込んでいるせいで、まるで旅行にいくような姿のまま。
しかし、ここを出れば、二度とカノンは帰ってこない。
もう二度と。
そう考えてサガはまた涙が溢れてくるのを感じた。
別に死ぬわけでもないのだから二度と会えないわけではない。しかし、なぜか二度と会えないような気がする。このまま会えないままで、一生を終わらせてしまいそうな気がする。
昨晩流しきったと思っていた涙はまた溢れ、静かにサガの頬を伝い、床へと落ちていく。
「俺は、泣かれて送られるのは嫌いだ」
「すまない……」
涙を拭って前を向く。弟の新しい門出なのだ。祝ってやらなくては。
それでもサガの意に反して涙は零れて。
それを見ていたカノンはやがて荷物を手に取ると、扉の方へと歩いていく。
「カノン!」
居間の扉に手をかけたカノンが振り向く。
そこにサガは駆け寄って、その身を強く抱きしめた。
瞬間、カノンの体が強張る。
「……離せ」
そう言ったカノンの声はかすかに震えていた。
しかしサガはその体を更に強く抱きしめる。
これが最後になるのなら少しでもその形を、感触を、温もりを自分の体に刻んでおきたかった。
「カノン、愛しているのだ。お前だけを……」
今まで引きずってきた想いをただその一言に託す。
その言葉を聞いた時、カノンの中で何かが弾けた。
それは今までの恐怖心や、わだかまり。そして、それが消えて代わりに心を占めたのは、愛しい人への想い。愛しい人に愛されること、触れられることに対する喜び。
それでもなぜかカノンはそれを開放することはできなかった。
やがて体を離すと、サガは静かにカノンの背を押した。それを待っていたかのようにカノンが前に進む。
扉が開き、カノンが出て行った。
サガの目の前で扉が閉まる。
だんだん、カノンの姿が見えなくなっていく。
それをサガはどうすることもできないまま、ただ見つめていた。