[初恋]-01-


 その日はいつもと同じような一日だった。
 場所は十二宮から少し離れた所にある闘技場。

「もっと集中するんだ! 自分の拳に意識を集めるんだ!」
「はいッ!」

 怒鳴っているのはまだあどけない少年。その横で同じかもう少し上ぐらいの少年が岩を砕こうとしている。

 なんの変哲もない聖域の訓練風景。
 ある一つのことを除いては。

 そこからそんなに離れていない柱の陰に小さな子が隠れていなければ。



 それから暫くして、訓練が終わったのか、厳しい空気に包まれていた二人の間にようやく穏やかな空気が流れ込む。

「アイオロス様、ご指導ありがとうございました!」

 先ほどまで岩を砕いていた少年が頭を下げる。それに目の前の少年は照れたように頭をかいて。

「そんな、様なんてつけなくていいよ」
「いえ、でも貴方は黄金聖闘士なので!」

 少年は短く挨拶をすると、仲間のいるところへとかけていった。

 その姿を見つめていたアイオロスだったが、ふいに後を振り向いて、柱の方に向かって声をかける。

「ずっとそこにいるようだけど、姿を現したらどうだ?」

 少し威圧するように放たれた言葉に、柱の陰にいた子供は一瞬ビクッとすると一目散に逃げ出した。そのちらりと見えた顔にアイオロスは一瞬呆然とする。

「サガ……?」

 友人の名前を呟いてはっとする。彼なら何も逃げることもないのだ。第一、今は隣りの闘技場で訓練中のはずである。

「ま、待て―――!」

 ようやく我に返ったアイオロスはその姿を追って駆け出した。

 追いかけられてるのがわかったのか、その子は大急ぎで走る。しかし、相手は小さいながらも黄金聖闘士。敵うハズがない。

「待てっつってるだろ!」

 難なく追いついたアイオロスがその腕をつかむ。その腕はほっそりとしていて、力を入れると折れそうなほどのもの。明らかに聖域で訓練を受けてきた友 人のものとは違う。しかし振り返った顔は友人と同じで。

「お前、誰だ……?」
「―――ッ!」

 振り返ったその子は今にも泣き出しそうな顔でアイオロスを見つめる。
 友人とそっくりの顔。しかし、決定的に違うのは日に焼けた友人とは比べ物にならないほど白い肌。そして少女を思わせる顔立ち。

「あ……」
「なあ、誰なんだよ! サガと何か関係あるのか!?」

 変わらずきつい口調で問い詰めるアイオロスに怯えていたのか、その子の瞳からぽたりと雫が落ちた。

「ちょ……。泣くなよ!」
「……ッ。ひっく……」

 顔を俯きがちにしてぽたぽた涙を流す子に、アイオロスは急にうろたえ出す。

「なあ。泣かないでくれよ……」
「う、うん……。ふぇ……」
「ね、頼むからさ?」

 まだとうぶんは泣き止みそうないその子の肩をぽんぽんと叩いて、とりあえずその場に座らせる。

「ごめんね? ビックリした?」

 軽く頭をなでながらアイオロスが尋ねると、首を微妙に縦に振って。

「もう、恐い顔しないからさ。名前、教えて?」
「……――ノン」
「え?」
「………カノン」

 しゃくり上げながらも名前を教えてくれたことにアイオロスは嬉しくなって。

「カノンって言うんだ? キレイな名前だね」

 その言葉にカノンは急に顔をあげる。みるみるその顔が真っ赤になって。

「俺はアイオロスって言うんだ。よろしくね、カノンちゃん」
「う、うん……」

 アイオロスは苦笑しながらその頬を流れる雫を指で拭ってやる。すると、さっきまでの訓練のせいか、その白い肌に土汚れがついてしまった。

「あ、ごめん! 汚れちゃった」

 アイオロスが拭おうとするとさらに汚れがついてしまう。

「あ、タオル――。タオルもらってくるね!」
「え……? うん」
「すぐ戻るからここで待っててね!」

 アイオロスはそう言うと駆け出していった。
 その後姿をカノンがじっと見ていると、ふいに後ろから声をかけられた。

「カノン。こんな所にいたのかい?」
「お兄ちゃん!」

 ふいに現れた少年にカノンの目が輝きだす。

「もう、訓練終わったの?」
「うん。待たせてごめんね。帰ろうか」

 立ち上がったカノンの手を取るとふとその頬の汚れに気付く。

「どうした? どっかで転んだのか?」
「ううん。あの、アイ……」
「アイ?」
「……忘れちゃった」

 少し照れたように笑ってカノンはさっきまでのことをサガに話し出す。
 それを聞いていたサガはニッコリ笑って。

「早く帰って、ご飯の前にお風呂入ろっか?」
「うん!」

 二人は仲良く手を繋いだまま、少し先に見える小屋へと向かっていった。


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