[初恋]-02-


「よう! サガ!」
「ああ、アイオロスか」

 次の日、いつものように顔を合わせて二人は挨拶をする。しかし、アイオロスはサガの顔を見つめたまま。

「なんだ? 私の顔に何かついてるか?」
「いや、実は昨日さ……」

 アイオロスは昨日あったことを話す。すると、それを聞いていたサガの顔色がみるみる変わって。

「その子はカノンと言ったのか?」
「うん。そうだけど、どうかした?」

 つい漏らしてしまった声に聞き返すアイオロスを制して、とりあえず平静を取り繕ってサガはいつものように振舞った。

「でさ……」

 ふいにアイオロスが頬を染めて俯く。

「俺さ……」
「何だ、男らしくない。さっさと言え」
「いや、その子のこと好きになっちゃったみたいなんだ……」

 一瞬の沈黙の後。

「な、何だって!? カノンのことが好きになった!?」
「わッ! そんなでかい声で言うなよ!」
「しかしお前……!」
「それより、カノンちゃんのこと知ってるのか?」

 思わずカノンの名を呼んでしまったサガは慌てて口を閉じる。それに反して、手がかりを少しでもつかもうとするアイオロスは、サガの肩をつかんで問い詰める。

「知ってることなんでもいいから教えて!」
「し、知らん!」
「だって今名前を言ったじゃないか!」
「バカ! それはお前が言ったからだ!」
「なんだっ――。あ、そうか」

 アイオロスは照れ笑いをしてうなづく。それにサガはほっと胸をなでおろして。

「で、どうするんだ?」
「いや、少しでも手がかり探そうと思って。サガも協力してよ! 二人で探した方が早いだろ?」
「あ、ああ。わかった」

 そうこうしているうちに二人は教皇宮にたどり着いた。

「ところで」

 別れ際にふいに話しかけたサガの声にアイオロスは不思議そうに振り返る。

「よかったらその子の特徴など教えてくれんか?」
「あ、そうだな。えっと、サガと顔のそっくりな女の子なんだ!」
「……女の子?」
「ああ。すっごくかわいいんだ! じゃ、よろしくな!」

 そう言うとアイオロスはサガと反対の方へと走っていった。後にはサガが一人残されて。

「なんだか複雑な心境だ……」

 自分の弟のことを考えながらそうポツリと呟いた。





「失礼致します」
「サガか、急にどうした?」

 教皇の間。黄金聖闘士さえ謁見以外では入らないその場所で今サガは教皇と共にいた。

「ええ。実は困ったことになりまして……」

 そう言って昨日のこと、そして先ほどのアイオロスの話を伝える。しばらくその話に耳を傾けていた教皇シオンは深いため息をついた。

「それは困ったことじゃのう」
「はい。何か良い案はございませんか?」
「そうじゃな。――いっそのことバラしてしまうというのはどうじゃ?」
「……は?」
「どうせいずれは知らせなければならんことだ。構わんだろう」

 一瞬耳を疑ったサガを見たままシオンは続けた。

「し、しかし!」
「サガ。カノンの気持ちを考えたことはあるか?」
「は? カノンの気持ち……?」
「そうじゃ。いつも一人で隠れるように生きておるカノンの気持ちじゃ」
「しかし、それは義務付けられたことで――」
「確かにそうじゃ。しかし友の一人くらいおっても、とは思わんか?」
「友だち……?」

 サガはふいに口をつぐむと思いをめぐらす。
 聖域で黄金聖闘士としてたくさんの仲間に囲まれている自分。かたや、誰の目にも触れないように隠れて生きている弟。

 カノンには自分しかいない。その自分に何かあった時、カノンはどうすればいいのか。誰に助けを求めればいいのか――。

「どうじゃ?」
「おっしゃる通りです」
「そうであろう? そこでじゃ……」

 サガを側に寄せるとシオンは少し笑いながらそっとその耳に口を寄せた。





 その晩。

「しんどくないか?」
「うん! 大丈夫!」

 ニコニコご機嫌のカノンの手をひいてサガは十二宮の階段を上っていた。目指す教皇宮まであと少し。久し振りに十二宮に足を踏み入れたカノンは、珍しそうに、そして楽しそうにあたりを見渡している。
 やがて、たどり着いた教皇の間へ続く重いドアを開いて。

「失礼致します」
「おお。待っておったぞ」

 そこにはシオンと先に着いて退屈を持て余した様子のアイオロスがいた。その時、今までシオンと談笑していたアイオロスが目を丸くする。

「カノンちゃん!」

 自分の名を呼びながら走ってきたアイオロスを見て、カノンは思わずサガの後に隠れる。

「サガ! 見つかったのか!?」
「ああ。色々と事情があってな。探すのが遅くなってしまった」
「あ……」

 何かを言いかけたカノンにそっとウインクをすると、サガは自分の後ろに隠す。

「すごく人見知りをするんだ。あんまり脅かさないでやってくれ」
「ああ、わかった!」

 カノンに会えただけで舞い上がるアイオロスをサガがたしなめる。そこにシオンがやってきて。

「それでは出掛けるとするか」

 そう言った瞬間、4人は聖域近くの山へと身を飛ばした。


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